何の変哲もない木だけど、鎌倉時代から生きている木から何を学ぶか?

毎回、京都に紅葉を見に行った際に、私が考えさせられる木があります。それは青蓮院門跡のくすのきです。
この木は、樹齢800年とも言われ、800年間、この地で、様々な世相を見てきたんだなぁ? と思うと、少しノスタルジックな感じがしてきます。
今から800年前と言うと鎌倉時代・源頼朝が、鎌倉に幕府を構えた時代ではないのでしょうか?

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このくすのき・・・あまりにも大きな木なので、全体を撮ろうとしたらかなり引いて撮らないといけませんが、この幹の太さだけで800年の重厚感が感じられると思います。ほんとうに圧倒的なボリューム感があります。

このくすのきは、他にも数本ありますが、どの木もボリューム感があります。このくすのきたちは、コツコツとこの地に根を伸ばして、根気強く、この地で生きて、こんなに立派な木になって、現在に至っているんですね。

この木から何を学ぶか?

ただただ思うのは、飽きもせず、この地で生きてきたのはすごいなぁ?

と勝手に思います。
この木は、毎日、この地で同じことを繰り返しながら、同じような日々の場面を見ながら、枯れることもなく成長しながら生きてきたのです。
木って、ここは「飽きた」から、ちょっと散歩でも行くよ!! と言いながら、自分で移動することは出来ないわけです。
ずっと同じ場に根付いていて、いろいろな人のいろいろなことを見てきたと思うのです。

そこには、「生きること」 に対する根気強さがないと、800年も生きてこられなかったと思います。ましてやここ最近、温暖化現象が進んで、盆地の京都は、夏は特に暑いので、すごいなぁ? と思うのです。

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このくすのきは・・・

俺は、1000年生きるぞ!!

と夢や目標を持って生きてきたんじゃないと思います。
当然、動かない木ですから、人為的、自然的なことがあって、他力で命が絶たれることもあると思うのです。そんなことも受けず、800年間、毎日根気強く、コツコツと生きてきた。
私は、そんなことが大切だと思います。

ローマは一日にして成らず

大事業 は長年の努力なしに成し遂げることはできない というたとえの通りで、このくすのきたちも、毎日、コツコツ生きて今に至っているのです。

たとえば広大な畑や田んぼを耕したり、農作物を収穫したりするのも、毎日、同じことをしていれば、くすのきと同じように飽きがくると思うのですが、農家の方は、根気強く、台風が来ようが、日照りが続こうが根気強くていねいに世話をしているのです。

スポーツ選手も同じで、毎日同じ練習を反復しながら、勝負のために根気強くコツコツと練習して努力をされています。人って、けっこう同じことを繰り返してやると飽きがきて、あきらめてしまうもの です が、あきらめずコツコツやり遂げる力 というのは、この木ではありませんが、必要なのではないでしょうか?

この青蓮院門跡のくすのきは、そんな姿を人々に伝えているのではないかな? とこの木の前を通った時に思います。

今日も長々とお話しにお付き合いいただきありがとうございました。

パワスポ社長_感謝